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徳利『徳利からの手紙』

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このブログの一番最初のエントリーの書き出しの一文目から誤字があったことに気づき、膝から崩れ落ちた。

ということで、今回は「膝から崩れ落ちた」というパンチラインを残した空前絶後の名曲『徳利からの手紙』を紹介したい。

 

最近では、tofubeatsYouTubeに公開していた『HARD-OFF BEATS』の次回予告で声の出演を担当したり、福岡を拠点にしていながらなぜか清澄白河の非公式ソングを発表し、そのMV監修を「仕込みiPhone」が話題となった森翔太が務めたりと精力的に活動をしているため、“徳利”という人物の存在を認識していなくとも、「ドンミスィッ!」*1というキラーフレーズに聞き覚えがあったりサムネイル上のluteのロゴ越しの徳利を見覚えのある人は少なくないはずだ。

そして徳利の存在については、10代女子を中心に絶大的な人気を誇るラジオ番組『星野源オールナイトニッポン』にtofubeatsがゲスト出演した際にも、『HARD-OFF BEATS』の話題を通して触れられている。

今やお茶の間のスターとなった星野源の番組で、その存在について触れられるほどの男である徳利であるが、その名を全国に轟かせた楽曲こそが、今回紹介する『徳利からの手紙』なのである。

 

高らかと今回紹介すると宣言した直後にこんなこと書くべきではないのだが、この楽曲について説明するのは、本当に難しい。

まず、どうジャンル分けするかから頭を悩ませることになる。一般的にジャンルとしてはラップとなってはいるが、トラックこそKZA『Routine』を使用してはいるものの、そこに乗っかる徳利のラップは韻を踏んでいるわけでもなく、メロディがあるわけでもない。ましてやVerseやhookがあるわけもない。ただ徳利自身の過去の冴えない思い出について淡々と読み上げていくだけなのである。(SoundCloud上のハッシュタグも「#Memory」になっている。)言うなれば、自分の思い出話を音楽に乗せて話しているだけのポエトリーリーディングだ。

しかもその思い出は若さゆえの馬鹿らしさと少しの狂気に包まれた、聞くと思わず笑ってしまうようなエピソードばかりなのである。

それは例えば、小学生のときに好きだった女の子にラブレターを貰って嬉しかったけど、あなたのことは二番目に好きですと書いてあった記憶とか、中学生のときに不意に陰毛を燃やしてみたくなってティッシュの上で燃やしたらすごい勢いで燃え上がって窓から捨てた記憶、サッカーのクラスマッチでキーパーをするはずだったデブがズル休みをしたために徳利がキーパーをする羽目になり、相手のシュートをスライディングで止めようとしたら躓いてゴールが決まって、徳利は複雑骨折してそのまま転校したといった記憶である。

 だが、そんな馬鹿らしいエピソードを聴いているうちに胸の奥底から熱いものが沸々と込み上げてくる。

その要因のひとつには、その記憶たちには青春時代特有の切なさや苦しさがこれでもかと詰め込まれている点がある。徳利の話すエピソードのひとつひとつは徳利特有のものであり、聴いている人には到底体験してきていないものばかりだ。しかし、それらのエピソードを通して、徳利が味わった切なさや苦しさといった感情は、誰しもが学生時代に味わったものであり、この楽曲を通して徳利の思い出を追体験することにより、徳利の思い出の近似値となるような自らの記憶を呼び覚ますのである。 

中学受験でハゲるくらい追い詰められてた時当時好きだったアイドルから応援の手紙をもらった体で大丈夫きっと受かるよ!って自分で書いた手紙お守りに入れて持っていた小学生時代や、クラスの出し物でTimingのダンスを踊ってから廊下ですれ違うたびに校長に「ハッスルボーイ、ハッスルボーイ」と呼ばれていた中学時代のエピソードも秀逸だが、特に胸を打つのが“最初で最後の彼女”*2との思い出の数々である。

6分30秒ある楽曲の中で語られる思い出はほぼ全て切なさや苦しさを伴うものなのだが、そのなかで“最初で最後の彼女”との思い出は唯一幸せな思い出として語られる。

“最初で最後の彼女”は学校で1・2を争う可愛い子だったらしく、クリスマスにエクソシストを観に行って、帰りに初めて手を繋いで幸せだったと徳利は曲中で語る。どんなエピソードにも切なさを忍ばせる徳利が手放しで「幸せだった」と語るところに、この時期の幸福感、無敵感が伝わってくる。また下校中に初めてキスをしそうになったときには、彼女に「今私風邪引いてるから無理だよ」と拒まれたところで、徳利は「あ!今日ドラえもんスペシャルの日や!」と言って走って帰るいじらしさを見せる。彼女も彼女で初詣に行った際にMA-1を着て登場するなど、見た目だけではないなんとも言えない可愛さを見せる。まるで少年漫画に出てくるような、淡い青春の思い出である。

しかしそんな彼女の思い出も幸せなままでは終わらない。

別々の高校に進学した二人は、徳利はボクシング部、彼女は空手部にそれぞれ入り、一緒にインターハイを目指そうと誓い合う。しかし次第に会うことが少なくなり、別れてしまうのだ。その後、徳利はデビュー戦で審判に止められるほどの鼻血を出し、一試合で引退する。部活引退後は、ろくに勉強もせず金髪にしたり夜遅くまで街をぶらついたりして暮らしていた徳利だが、ある日ふと元彼女の高校の前を通りかかるとでかでかと貼り出された看板に彼女の名前とインターハイ出場の文字が書かれており、それを見た瞬間徳利は膝から崩れ落ちたのである。このエピソードから、この曲のパンチラインのひとつ、「膝から崩れ落ちた」の誕生する。*3

早稲田大学*4に進学したあとも、バンザイを売りにしたサークル*5に入りながらもその気持ち悪くて一度もバンザイせずに辞めたり、レゲエサークルで「ガンジャガンジャ」言ってた先輩がちゃっかり大企業に就職して「クソが」と思ったり、のちにミスなんちゃらのグランプリに輝く女の子と大学への愛校心の塊みたいなやつらが多いことへのディスで盛り上がり「ん!これはもしかするといけるのでは。」と思ったりしながら、徐々に徳利の語る記憶は現在に近づいていく。そして最後に、無料の範囲でチャットレディを眺めることを日課にしていた徳利が、行きつけのサイトで高校時代最初に好きになった女の子を見つけたエピソードについて語り、徳利の記憶語りは終わる。

 

しかし、もしここでただエピソードを語っただけでこの曲が終わっていたとしたら、この曲がこんなに評価され、tofubeatsPUNPEE村上淳の耳に届くこともなかったかもしれない。

それほどの威力を持ったパンチラインを徳利は最後にさらっと発する。

生きてると、これ漫画だなって思う瞬間がある。

これまでのエピソードの数々を通して徳利が辿りついた境地が、このパンチラインだ。

この楽曲に出会うことの出来た人たちは、この先理不尽や不条理な局面に直面した際、これ漫画だなと思うことで、その状況は変わらずとも、少し気持ちが楽になるはずだ。

また不思議なことに、この楽曲が話題となり瞬く間に数々の人々に耳に届き、ラジオにライブ、最終的にはDMM英会話のCMにまで出演することになった徳利の未来を自ら予言していたかのようなパンチラインとなっている。

これからの徳利の人生にも、これ漫画だなと思う瞬間が多く訪れ、それを楽曲として私たちの耳に届けてくれることを切に願う。

 

※いつもは楽曲のリンクをひとつだけ貼っているのだけれど、今やENJOY MUSIC CLUBのMとしても大活躍している松本壮史が撮影編集を務めた『徳利からの手紙-THE MOVIE-』も、当時の異常なまでの盛り上がりがわかり、とても良いので併せて貼っておきます。

 

soundcloud.com

 

youtu.be

*1:Don't Miss Itのこと

*2:なお、その後の楽曲からその後も彼女は出来ていることがわかる

*3:その後高校時代に映画のオーディションを受けたら受かって、レッスンで地味な高校生と仲良くなるも、受験勉強で徳利はレッスンからフェードアウトしてしまい、その後新聞でその映画の主人公がその地味な高校生になっていたことを知った際も膝から崩れ落ちる。

*4:曲中では“大学”としか言及されていないが、徳利からの手紙-THE MOVIE-で早稲田大学での写真を確認することができる。

*5:早稲田大学バンザイ同盟のこと